愛と感謝、思いやりと健康が一番!
癌、膠原病、慢性疾患、精神疾患、をまったく害のない方法で癒して、人生に夢と希望をもっていただきたい。
~生命の神秘に一番迫ることのできる臓器は「視床下部」である!~
~生命の神秘に一番迫ることのできる臓器は「視床下部」である!~

肝心要の
 「視床下部⇒自律神経⇒臓器」を無視する権威医療と権威医学!

これでは、
 「病」も「癌」も「臓器疾患」も「生命の謎」も、
     例のよって迷宮入りになるのは当然である!

我々は、意識があるので、自分の意志で、身体を動かす事ができる。

しかし、意識はあっても、己の身体で動かすことのできる部分は、実はごくごくわずかなのである。

我々の意志で動かすことのできる代表的なものは筋肉である。

その筋肉の動きも、ざっくり言えば、筋肉の「伸縮」の単純な動きを己の意志で動かしているといういわば、低レベルな動きしかできない。(単純にオンとオフを繰り返しているだけである)

職人技といわれるち密で精巧な神業も、数多くの微細な筋肉の単なる伸縮の集大成でしかない。

これは、もちろん、度重なる学習(鍛練)によって、そのち密で精巧な神業が、後天的に脳にプログラム(刷り込まれる)されることによって可能になるのだが、興ざめた言い方だが、この精巧でち密な神業も単純な筋肉の伸び縮みが少し複雑になったということでしかない。

ここで、私が何をいいたいかというと、

我々の意識下で行われる、筋肉の動き等は、
我々の意識下では決して行う事ができない
「視床下部」が支配する「自律神経」の複雑怪奇で摩訶不思議な営みと
比較すると、比較の対象にならないほど、
低レベルで単純な生命活動だということである。

そもそも、以前も書いたが、生命は、「原核生物」から、「真核生物」に進化して、それが「多細胞化」「巨大化」して、まずは、一本のチューブのような生物から、具体的な臓器を持つ生物としてのデビューを果たしたのである。

このチューブは、既に書いたが、我々の「小腸」の源流のような「生物」であり、小腸と言う臓器の源流でもある。

それは、しっかり、我々人類の象徴として今も臓器として生き残っている。

その後、必要に応じ、そのチューブ生物に、順次、様々な臓器がうまれた、十二指腸、胃袋、大腸、肝臓、その他、そして脳。

臓器があれば、その臓器をコントロールする司令塔が必要になる。

それが今でいう「視床下部」なのである。

脳の中でも、一番中心部に位置し、頭蓋骨のなかで,大切に大切に守られている。

脳の中心に位置するということは、発生学的にっても、一番、古い器官なのである。

一番古く、いちばん中央に位置し、一番安全な位置に位置しているということは、まさに、生命の根幹の器官なのである。

それが、「視床下部」であり、視床下部が「生命の営み」を「支配」している。

私は、「生死」を支配しているのも「視床下部」だと思っている。

たとえば、怪我かなにかで、ある個所の臓器が損傷を受けたとしよう。

その情報はすぐに視床下部に行き、視床下部で、その臓器でその損傷状態なら、生存は難しいと判断したら、視床下部が、死の命令を出し、心臓を止めたり呼吸を止めたりするのだと思う。
(はたまた、60兆の細胞の死のドミノ倒しかもしれない)

骨格や筋肉等は、これら視床下部が支配する臓器のずーっと、ずーっとずーっと後に出来た器官で、青二才の新参者である。

そしてその青二才の深山者である筋肉を動かす為に、やっとこさ、脳にある種の仕事ができたのである。

脳に仕事が出来たと同時に、ある意味、間違いの始まりかもしれないが、生命にはじめて脳によって「意識」が芽生えた。

※厳密な前後関係に間違いがあるかもしれないが、言わんとすることを理解してほしい。

それまでは、まるで藻のように、環境に身を任せ、環境に適応して受動的に生きてきた生物が、意識を持ち、はじめて主体性を持ち始めた瞬間だったのである。

それで、我々の意識はおごり高ぶり、偉大なる視床下部や自律神経をなおざりにし、不健康になっている。

(原発を大量に建設して、事故を起こして人類最強最悪の敵である放射性物質で大気、海、地下(水)、食べ物を汚染しまくっていて、止めることをできないでいるのである)

ということで、我々人間は、昼間目覚めている時は、意識下にあるので、潜在的に、意識が己の心身の頂点に君臨していると勘違いしている。(そう、俺は手も動かせるし、走ることもできる等と驕り高ぶる)

この我々がおごり高ぶる脳を持って、感じる意識というのは、「視床下部」の「圧倒的な生命支配力」からすると、まことに、貧弱でか弱く、そのくせ、生意気に、能書きだけは垂れる、口先番長のようなものなのです。

たとえば、意識下で死にたくないと思っても、視床下部が、「死」を選択すれば、心臓は止まる、呼吸も止まる。

死を迎える。

人間の意識で死を拒否しても、抵抗できないのである。

我々人間の意識等、視床下部の前では、無力であり
風前の灯なのである。

※視床下部は、西洋の宗教等で例えると、その個人の全知全能の神のような存在なのかもしれません

くどいが、この「視床下部」が「生命の中枢」である。

臓器はこの司令塔「視床下部」の「自律神経」を経由したしもべなのである。

我々の無意識化で行われる全ての生命活動、心臓の動きも、血流も全部、視床下部の支配下である。

我々の免疫力、たとえば白血球(顆粒球、リンパ球、その他)の支配も視床下部の下請けである自律神経がコントロールしている。

私は、人間の死は、この「視床下部」からなんらかの死のメッセージが、超高速のドミノ倒しのように、60兆の細胞に送られ、その人の人生が完結するのでは?と想像する。

心臓が止まるから死ぬのではない・・
視床下部から死の命令、あるいは、心臓停止の命令等がでているのである。

だから、心臓移植や臓器移植が可能なのである。

臓器単体ではその臓器そのものに問題がなければ、その臓器を、摘出して、他者に移植できるのである。

やがて死を迎えるだろう人の臓器を移植すると言うのは、やがて死を迎えるだろうと判断した視床下部の死の命令から、その臓器を遮断して、別の人の視床下部の支配下で第二の人生をおくらせるということである。

権威医学等では、視床下部そして自律神経が、癌やその他の病や生命との関連性で研究されることはほとんどないようである。

ひたすら、例によって真逆の方向で、ビッグ・ファーマの僕よろしく、ビッグ・ファーマが喜ぶ創薬の研究に余念がない。

いつも書いているが、

癌がなぜ、随意筋等に発症しないのか?

癌がなぜ、視床下部を司令塔としている自律神経の支配下にある臓器に集中的に発症するのか?

我々の細胞が、原核生物とミトコンドリアの合体でうまれたこと、そして、多細胞化と巨大化の過程で、様々な臓器がうまれ、その臓器をコントロールする為に「視床下部」ができ、その僕として「自律神経」が構築されたこと。

そして、自律神経の管理下で、中長期に渡り、「交感神経」が亢進した場合、臓器の上皮細胞の「嫌気的解糖作用」を亢進させる事実等を考えると様々なホルモンが、癌を発症させるファクターとして、浮かび上がってくる。

この点を、究めれば、視床下部(自律神経、交感神経亢進)ルートでの癌発症や臓器の疾患の大きな原因がわかるのである。

これは、またの機会に書く。

<今日のポイント>

①.生命や生命維持の司令塔は視床下部である。

②視床下部の下請け器官としてで自律神経があり、
 臓器を支配している。

③免疫力も視床下部の支配下である。

④意識下で死を拒んでも、 
 視床下部が死を決定した場合、
 死ぬことになる。
 (人間の意識は、無力だが、おごり高ぶり傲慢である)
  ※意識<視床下部

⑤意識がなくなっても、視床下部が、
 死の決定を出さない限り、
 生命維持は継続される。

⑥癌や臓器疾患の多くの原因は、
 ストレス⇒視床下部⇒自律神経⇒臓器
 のルートの中に、隠されている場合がある。

⑦権威医療、権威医学は、
 ストレス⇒視床下部⇒自律神経⇒臓器
 のルートでの癌やその他の疾患や生命の謎についての
 研究はオープンには行われていないし、
 臨床での研究などもほとんど行われていない。





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