愛と感謝、思いやりと健康が一番!
癌、膠原病、慢性疾患、精神疾患、をまったく害のない方法で癒して、人生に夢と希望をもっていただきたい。
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「幸福の定義」
「幸福の定義」

このところ、凹む事が多い。

歯車が狂っているのはわかっているが、その原因を作り出しているのは紛れもなく自分であるし、解決する策を持っているのも自分であることは知っている。

人生なんて幸せな瞬間など僅かしかない。

一日の時間で言えば、多くの時間は、辛いか、苦しいか、悲しい時間を過ごす。

一生で言うなら、苦しく、努力し、あるいはどん底かと思う日々の方が多い。

それが何故だか、知っているだろうか。

この地球上の幸福の時間というのには限りがあるからだ。

一人一人に与えられる幸福の時間というのは決められている。

それは等しく皆、平等に分け与えられる。

どんな生き方をしようが、どんな行動を取ろうが、どんな宗教を信じようが関係ない。

その幸福の時間を独占しようと企む人たちがいる。

そのために支配しようとし、世界中をかき回す。

だが、そうする人たちにも、皆と等しい幸福しか訪れない。

幸福というのは物質や支配からは生まれないからだ。

幸福を生み出すのは人と人との繋がりであり、信頼や思慕からである。

誰かを支配しようとする者は、信頼や思慕を手にすることはできず、他人以上の幸福は訪れない。

平等に訪れた幸福の感じ方が、人によって違うことはある。

日々苦しみ、努力し、希望を待ち続ける者は、訪れた幸福を誰よりも深く感じることができる。

同じ幸福でも、長く感じることができるのだ。

貪欲な者には、幸福は一瞬の出来事にしか感じない。

どの時点が幸福なのかの判断がつかないからだろう。

一見、自分よりも幸福そうに思える人がいても、幸福の時間は絶対に変わらない。

辛くても、苦しくてもいい。

人には必ず平等に幸福が訪れる。

いつか必ず訪れる。

どんな種であっても、いつか芽吹くように、人には必ず幸福が訪れる。

ただひたすら、その瞬間を信じて今を過ごせばいい。

それが幸福の定義だと、僕は思う。

いつかきっと。

幸福は訪れる。

しかも平等に。





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