愛と感謝、思いやりと健康が一番!
癌、膠原病、慢性疾患、精神疾患、をまったく害のない方法で癒して、人生に夢と希望をもっていただきたい。
腹が立ったときは何も言ってはいけません 何もしないほうがいいです
八正道


正見
正しいものの見方
正思惟
正しい考えをもつ
正語
正しい言葉を語る
正業
正しい行いをする
正命
正しい生活を送る
正精進
正しい努力をする
正念
正しい自覚をする
正定
正しい瞑想をする


正とは、我のこと。
自我とは、本来なにも無く自分が作り出したもの。
目標は、無我。



腹が立ったときは何も言ってはいけません
何もしないほうがいいです

自分に戻って、ゆっくり息を吸って
息を吐きます、それを何回かして

なにか行動を起こす前に、怒りの面倒をみてあげます

これは平和の行動になります

すぐに反応したりしないんです
自分の怒りの面倒のみかたを知っていれば
ゆっくり呼吸しながら「今のはカチンときた、でも別に反応して行動する必要はない」とわかりますし「この人は今、幸福でないから、あんなことをしたのだ」とおもえますからその人にたいして思いやりを持ち微笑みます

これは大きな勝利です

マインドフルネス「正念」
誰もが今ここに生きているありのままの自分に気づくことができる

「歩く」瞑想
日常私たちは、求め、走り回る習慣がついています

いつもまるで、走るように歩いています
みな平和を求めて、成功を求め、愛を求め、私たちはいつも走りまわっています

いつも走ることが習慣化してしまっている人たちにとってこのように歩き、走ることをやめるのは「革命」です

ゆっくり・・・ゆっくり一歩、歩きます

息を吸って、一歩、

息を吐いて、もう一歩

息を吸いながら、自分のすべてをこの一歩に注ぎ込みます

自分の注意を、吸う息にむける、そして心を体に連れ戻す

心と体が一つのとき、あなたはこの瞬間に存在しています

完璧にいま・ここに存在しています

あなたがいま・ここに存在するといろんなことに気づきます

いのちの奇跡は私たちの中にも、まわりにもたくさんあります

青空、新鮮な空気、美しい樹々、小さなお花

そうすればほんの一息で安らぎと喜びが生み出されます

このように私たちは毎日を過ごしています

一歩、歩みたびに平和を感じ、一息ごとに安らぐ平和があれば喜びもあります

それが私の実践方法です、毎日行っています

「食べる」瞑想
起きてから寝るまでの全てが、気付きの瞑想になります。

多くに存在を介して自分の糧となることに感謝する

今、ここに生きている有りのままの自分に気づく。

すると自分を慈しむ心が生まれてきます。

そして慈しむ心は自分から他者へと広がって行きます。

あなたは、ひとつの庭です

この庭に帰ってきて、よく手入れをしてください

良い種だけに水をやる方法を身につけておくと落ち着き、安らぎ、希望、喜びに満たされます

そうして初めて他の人の庭の手入れを手伝うことができます

でもまずは自分自身に立ち帰って自分の庭を手入れします

それが第一歩です

実践を知らない人は、常に相手を変えようとします

「一緒に暮らしていくために、あなたはこう変わるべき、ああすべきだ」など今度は相手も要求してきます

どちらも自分に立ち帰ることを知らないのです

自分のにわをの手入れを身につけて、相手も自分の庭を美しくできるように手伝ってあげて下さい

そこで大切になってくることが気づきです

どうしたら自分を大切にできるのでしょうか

自分はそのような愛にふさわしくないと思うので・・・

あなたの先祖はみな、あなたの中にいます

彼らは生きている間充分に愛を受け取っていなかったかもしれません

でもあなたはいま、愛する実践ができるのですから自分を愛することでご先祖にも愛を与えてください

あなたは自分を愛するとき、すべての先人に愛を与えます

それが無我の智慧です

あなたは独立した存在ではなく親・先祖の継続ですから

自分を愛し大切にすると、あなたの中の親と先祖をいたわることができます。

彼らへの優しさです

そういう実践は、同時に
まわりの人への優しさでもあります

あなたが自分を優しくいたわる姿を見ると
他の人々もそうしたくなります

良い見本になります、自分を愛することで
ほかの人も大切にすることができるのです

これが「無我」の光です

自分の気付きのことは、自分の命の意味を知ること。

自分を愛せないと他者を愛せない。


インタービーイング「相互共存」自分と他者を超える智慧。

海の波が自分に尋ねます「私は誰でしょう?」海の表面の波が自分に問いかけています

波は自分に立ち帰る充分な時間があれば
波は「自分が海だ」と知ることができます

波は波ですが、同時に海でもあります

波は、そのひとつの波であるだけでなく、他の波でもある

そして他の波とつながっていてインタービーイング、相互に共存していることが分かり

もう自分と他者を区別することはなくなります

仏教の唯識学の中で、この言葉はとても重要です

すべてを含む阿頼耶識も中にある、すべての「趣旨」も本質は定められない善くも悪くもない好きでも嫌いでもない

木そのものは、良くも悪くもありません

空気そのものも良くも悪くもありません

現実のありのままの姿をしているだけですから

たとえばあなたの愛する人を見つめてみると
あなたの表層意識を通して見ているので
ありのままの姿で見ていません

あなたが勝手に心で作り出した人を見ているのです

誰かに恋したとき、ありのままのその人に
恋しているわけではありません

普通は、あなたの心が描いている人に恋しているのです

あなたの意識の表れです

しかし阿頼耶識はちがいます(無分別の)智慧があります

「これは泥、これは蓮」「私は蓮だけが欲しい、泥は欲しくない」と

そのように表層意識は働いています
いつも差別しています

意識は、差別して、自分勝手に作り上げてる世界を見ている。

だから、本当は何も無い。

それに、この世は、無分別の意識のおかげで苦も楽も作り上げて、翻弄されている。

だから、それを分かれば、自分を愛する気持ちで他人を愛することができる。

愛に差別は無い。


苦しみの扱い方を知っていれば理解を生み出すことができます

(苦しみを)嫌がったり、消そうとするのではなく優しさいっぱいに、抱いてあげます

自分の苦しみと戦ってはいけません

しっかり見つめてよくあやしてあげると
落ち着かせることができます

苦しみ方を知ることは慈悲と愛をうむことにつながります

慈悲には癒す力があり慈悲と理解は、苦しみから生まれます

泥から蓮が生まれるように

あなたは独立した存在ではありません

宇宙のすべては深く関わって存在しているのです。


「歩く」瞑想
静かに集中して呼吸し歩くことによって、あなたの中の怒りがあることに気付きます。

怒りを優しく抱き、深く見つめて、何がその怒りの根にあるのかを見ていきます。

それが間違った認識や優越感、劣等感によって抑圧された強い感情からなのかどうかを見るのです。

悲しみ、寂しさを感じるということも悪いことではありません。

私たちは誰もが、ときには寂しくなります。

誰もが迷いますし怒ることもあります。

悲しんだり、怒ったり見失ったりすることは悪いことではありません。

でも、寂しいとき、怒っているとき、悲しいとき、自分自身に立ち帰って、自分の悲しみ、怒り、恐怖を抱けるように練習して下さい。

素晴らしい実践です。

寂しさを抱きしめることで、あたたかく心地よくなります。

押しのける必要はありません。

寂しさを受け入れて、息を吸って吐いて、そこにいて抱いてあげます。

とても優しいことです。

ときには、ひとりで寂しさを、抱いていたいことがあります。

自分のためにいてあげれたら他人の人を必要としません。

自分の面倒をみる力をつけます。

次に怒ったり、迷ったり、寂しくなったりしたときに試してみてください。

よい機会です。

自分に立ち帰る、そして自分の痛みや苦しみをいたわることを、身につけてください。

目覚めればいままでのように生きたいとは思わなくなるでしょう。

もっと自由に、喜び、慈悲、愛をもつて生きたいと思うようになるでしょう。

現実のありのままの姿を見つめる時間があれば、恐れやストレスの元となる考えも、手放すことができます。

生まれることも、死ぬこともない、という、いのちの本質に、ふれることもできます。

人間の体なしに悟ることはありえません。

人間の体に問題があったとしても、悟るために、必要なのです。

ひとりひとりに、悟ることになる可能性があります。

呼吸の練習をするときは、吸う息に、意識をむけます。

吸うのに2.3秒かかります。

そして、その息に乗って、自分の体に帰ってきます。

心と身体がひとつのとき、あなたは、この瞬間に存在しているのです。


マインドフルネスいま、ここへの気付き。
には、幸せと喜びを生み出す作用があります。

自分に立ち帰ると体や心にある、ストレス、緊張、痛み、辛さに気づくでしょう。

マインドフルネスには、体と心と感情を認識して受け入れる力があります。

苦しみは減ります。

これは、苦しみの技術です。

苦しみ方を知っていれば、ずっと減らすことができます。

自分の人生を味わう時間が必要です。

自由が必要です。

多くの人が、その自由を持っていません。

日常生活の質がよくないのです。

いろいろな物を買っても、幸せを感じることができません。

自分やまわりの人を愛する美しい朝日を、ながめる時間もありません。

いのちの奇跡は、満ちあふれています。

雨、木々、鳥の声、散歩の小道を楽しめるはずなのに、忙しくて時間がありません。

目覚めることが大切です。
「目覚めるんだ、こんな生き方ではダメだ、変わるんだ」と多くの若い人たちが僧侶になりました。

もつと自由な命を味わって生きていけるような、シンプルな生活を選ぶことが大切です。



スポンサーサイト
コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
http://rasta92.blog.fc2.com/tb.php/3058-de655290
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバック