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心には、まだいろいろな問題があります。


平衡要求としての感情鬱散

心には、まだいろいろな問題があります。

感情のように、肉体に即した心があります。

お腹が空くとイライラする。

満腹すると機嫌がよくなる。

怒るのも、泣くのも、みんな体の調子なのです。

だから、カンカンに怒っている人は直腹筋が固いのです。

直腹筋が固くなければ怒ったふりをしているだけで、本当に怒ってはいない。

直腹筋が固い人は怒っている。

それは、自分の体の平衡運動をやっているようなもので、怒るだけ怒れば柔らかになる。

鳩尾(みぞおち)の固い人は、泣くだけ泣くと柔らかになる。

葬式などへ行っても、泣いているのは遠縁の人達で、肝心の、泣かなくてはいけないような人達が泣けない。

それは怪我でも同じで、交通事故のように強く打った時には、その痛みを感じないで、三日経ち、五日経つと痛くなる。

その症状がひどいほど、痛さが後になる。

それと同じように、感情も烈しければ烈しいほど感じない。

それではなぜ泣けるのかというと、それは閊え(つかえ)の平衡運動なのです。

可笑しいことも笑うだけ笑うとさっぱりして、なぜ笑ったのか判らない。

悲しいことも泣くだけ泣くと、なぜ泣いたのか考えられないほどケロッとしてしまう。

今泣いた鴉が今笑っても、それは可笑しいからではない。

思いっきり泣くだけ泣いたから笑えるので、鬱散してしまえば残らない。

感情というものは、そういう生理的な閊えの調整として起こっているのです。

だから怒った人がいても、泣いた人がいても、それは感情に受けたショックを調整しようとしているだけのことであって、体は早く平衡状態を得ようとしているだけなのです。

だから小さなショックで早く泣ける人は敏感な人です。

あとになって泣く人は鈍っている人ですから、感情の調整要求が不十分な人だと観るべきです。

感情でも、楽しいことを空想すれば楽しくなり、悲しいことを空想すれば悲しくなり、桜が咲いたといっても涙する人もある。

だからその空想によってどうにでもなるのです。



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