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なんでこいつは旧字で難しいのを使ってんだ?
最近になり、わたしの記事を讀み始めた方は「なんでこいつは旧字で難しいのを使ってんだ?」と思うでしょう。

これは、きちんと理由があって旧字に直したり、文字の意味に配慮しているからです。
 
 
まず、どうぶつ達を「動物」と書くのは、動く物としてしか見なくなるように作爲的に仕掛けられてると最近になって氣づき、止めました。
  
 
どうぶつ達にも種族が沢山います。

感情もあります。

間違っても「動く物」ではなく、生命として存在します。

だから、差別的用語になると氣づき、使わなくなりました。
 

どうぶつへの差別用語、もう一つに「ばか」があります。

元々は「莫迦」であり「馬鹿」という文字ではありませんでした。

これは意圖的にどうぶつ差別へ向けるように誘導している節があると感じます。
 
 
漢字は元々、日本發の文字であり、神運字(かんじ)というのが本來の意味です。

神とは万物を創造した自然界のエネルギーそのものであり、その自然界のエネルギーと繋がるための文字になります。
 
 
それを、どんな意圖で昭和23年に劣化したのか、よく考えることがあります。

昭和23年の日本國憲法樹立の時からアメリカGHQによる占領支配が色濃く反映されるようになりましたが、神運字(かんじ)もその一つなのです。
 
 
ある共通の意味を敎えるならば、『愛(天意)・脳(腦)・悩(惱)・戦(戰)・桜(櫻)・学(學)・覚(覺)・栄(榮)』など「ツ」の入る文字、これは閉める、分斷するなどに意味を劣化させてます。
 
 
だからわたしは新字は使いません。

ペンデュラムやキネシオロジーで周波數を測定しても、旧字と新字は歴然とした差があり、新字はキネシオロジーで絶対に力が入らないことも確認済みです。
 
 
文字にはそもそもエネルギーがあります。

それを故意に劣化させる共通の意圖として、『自分自身を見失わせる』というものがあります。

そこがアメリカの最大の狙いなのだと感じます。
  
 
「子ども→子供」の劣化の意味もご存知でしょうか?子どもから子供へと強制的に變えられた背景がありますが、2013年の夏に「子ども」は「子供」に文科省が表記變更徹底をしています。
 
 
「子供」には差別的な意味があります。

昔から公の文書などでは「子ども」という表記を使用することが多い理由はそこにあります。

文科省でもこれまで公文書などではこの表記を使用してきていました。
 
 
一般的に神運字(かんじ)と仮名を交ぜた表記はふさわしくない、とされています。

「子供」という表記には差別的な意味合いがある、と考えられているからです。

國立國語研究所も、この問題について、下記のような見解を示しています。
 
 
敎育界に広まっている考え方として、「こどもは國連の児童憲章で明らかにしているように、社会から尊重され守られるべき立場なのだから、『供』という漢字はふさわしくない。」という考え方があります。 
 
 
「供」という神運字(かんじ)がふさわしくないとするには、「お供(とも)」「供奉(グブ)」などというように、従属や隷属を意味するから、あるいは「○○ども」と複數の集團をさげすんで呼ぶいい方に使うから、という理由があるといいます。
 
 
こうした理由や、「供養」を意味し、子どもに先に亡くなられるなど、不吉な意味もあります。

複合的な意味として「子供」という表記は正しくありません。
 
 
この理由と、現在の日本の子どもに対する扱いが、ワクチンや児童相談所問題、放射能など非常にマッチするために、わたしはそれに乗らないという意思表示のために「子ども」という表記を徹底しています。
 
 
他にも理由は沢山ありますが、今回はここまでで終わりにします。

この記事をどう捉え、神運字(かんじ)をどう使うかは個人の自由です。

強制するものでもありませんが、わたしはわたしの考えがあって神運字(かんじ)を旧字にしたり、意味に配慮しています。








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